実家での正月休みは、食べたくなくとも、食べさせられる。
まぁそれもお正月らしくて良いのだが。80手前の父の食欲と食べる量が尋常ではない。30代の私たちよりもよっぽど食べる。食べろ食べろと言われるので、それに合わせていては大変なことになってしまう。休みがしばらくなかったことと、疲れもたまっているということで、川湯温泉に向かった。つるつるの道路。強酸性の温泉はかなり身体に効いた気がした。帰りに硫黄山と、地元の酒屋による。北海道の寒さと熱い温泉で自然と整って眠くなる。普段はそんなに食べない夫。父が釣って漬けたいくら丼と同時に母が極めているカレーも食べろと言われる。心臓病、コレステロール、血圧、痛風の薬を飲みながらも、酒とごはんの量を緩めることをしない父。終いには食べ過ぎで胃薬まで飲む。若い頃から薬を飲んでいるから、いま元気でいられるのだと言う。気に入っている医者がいて、薬をもらって飲むのも好きなんだそうだ。もう私はなにかをいうのをやめ、とにかく楽しく好きなものを好きなだけ食べて飲んで暮らしてほしいと思うようになってしまった。母方の祖母は94歳まで生きたが、老人ホームでもプカプカとタバコを吸い、喫煙所で一緒にタバコを吸いながら話したことは、いい思い出だ。健康のために極端なことをして、楽しみを奪うこともない、人生の楽しみは大切にしたほうがいい。ただ、私はできれば薬に頼らないで、自分の身体の力を高めていきたいなぁと思った。
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1月4日
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1月3日
年末年始の家業の手伝いを終え、ようやく正月休みに入った。
鈍行に乗って羽田空港まで行く、途中で横浜で降りて昼食を何かを食べよう
としたのだが、横浜の人混みを歩くがどこも行列。あまりの人混みにどっと疲れてしまい、はやくここから抜けださなければと、また電車に乗り込んだ。羽田で2時間弱飛行機を待ち、地元の空港へ向かった。
飛行機の中から、真っ赤な夕日と富士山が見えた。
飛行機の中ではもう一度カウンセリングとは何かを読んだ。
河合隼雄氏が受けたカウンセリングが日本の臨床心理学の言論となった。
何もしないことに全力を注ぐ。すると、心のそこで深いものが動き出す。
正月の準備はなにもせず、母に甘えることにしたが、やはり母のつくるおせちは完ぺきにおいしく、食べ過ぎてしまった。 -
12月25日
年内最後にレッスンを受講した。1時間10分の内のほとんどの時間を集中し、身体感覚を感じ続けていた。意識は途切れず、少し離れたときがあっても、すぐにまた呼吸と身体感覚に意識を向けて戻ることができた。呼吸法を静かに行い、瞑想していた。ヨーガの間、時間の感覚がほとんどなかった。最後に今年はヨーガをちゃんとやったなぁ。と思えた。全然違う感覚に気づけたし、学びもあった。本当にありがたい。教えてくださる先生にも心から感謝。
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12月19日
年内最後の金曜クラス。今年最後の締めくくりに、最も集中できる時間を。という気持ちでレッスンに臨んだ。1日1日が良い日になって、それが1年になる、それを感じてもらえるとうれしい。今年は先生に出会えて、ヨーガをはじめてよかったです。といわれ、私のほうこそ、出会えて良かったし本当にありがとうございます。という気持ちだった。
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12月18日
アップしたヨガの動画を見るためYouTubeをひらいたら、藤野正寛氏のTEDのプレゼンテーションがでてきた。瞑想の実践を深めながら、瞑想を科学的に研究されている方で、藤野さんが京都大学助教の頃、私の通っていたヨガ教室で「気づきと脳科学」の講演とワークショップをしてくださったことがある。私達人間が、心に感情が湧き上がり頭で思うより先に、体が反応していることを科学的に示してくれて、受容的な態度で注意を向け続けて今気づいていることことが瞑想なんだということを講演では仰っていた。私もヴィパッサナー2回行ってそれを経験したし、その後のヨーガの瞑想にも役立っている。身体感覚がまだピンとこない生徒さんがいる。それが黒板をキーとやった絵を見たり想像した時に生じる感覚で、梅干しの絵を見たり想像したりした時に生じる感覚。わかりやすい感覚と、分かりにくい感覚。分かりにくい感覚に気付けるようになること。
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12月17日
年内最後の水曜日のクラス。午前のクラスでも、ひとつひとつの流れを断ち切らず、瞑想のクライマックスまでつながってヨーガをすることを意識しながらやったところ、長年続けている生徒さんが、終わった後に、「自分が今仕事をしているときにも、流れをたちきらないこと、最初から最後までつながっていくことを意識していて、まさかこんなにシンクロするとは思わなくてびっくりした」と言ってくれた。そして、今日はアーサナをちょこちょこ修正の指導を入れていたので、「自分が少し自己流になっていたことに気づいた」とも感想をくれた。私にとっても、緊張と弛緩を良くかんじることや形にこだわらないことは大事ではあるけれど、次は、正しい姿勢であることがすごく重要だと思っていたので良かった。
夜のクラスでは、熱心な生徒さんが、今年はヨーガに出会えたことが本当に良かったと、言ってくれた。ヴィパッサナ―瞑想ついても少し話した。10日の瞑想コースは、ヨーガの経験が深まってきたら、人生のタイミングでここならいけるな、というタイミングが自然とやってきて意外とすっと行けるものなので、頭の片隅にあると良いんじゃないかと話をした。もっと深く自分を知りたい、日頃のヨーガ・瞑想の先に深い世界がまだまだあるんではないか、という興味が私にもあったので、そうゆう興味は大切にしてほしいとおもった。 -
12月15日
作業の日。御殿場に木材を買いに行く次いでに、ランチに四川中華料理のお店にいった。四川中華は、油にスパイスをテンパリングするところや濃い味付けが、インド料理にどことなく近い。東京にいる頃は、よく近所の圳陽で四川麻婆豆腐を食べにいった。こっちに来て行けてないけれどそこの店長さんがジョブチューンにでていて、あぁ!となった。干鍋(ガンゴウ)というランチメニューが妙に気になって注文したところ、野菜と魚介のスパイス油煮、という感じなのだが、インド料理と中華料理の間という感じではまってしまった。こうゆう料理もあるんだなあと、経験のない味わいは刺激的だった。
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12月13日
土曜日の昼のクラス。身体があまり動かない方、慣れていない方が多く、筋弛緩法(リラクゼーション法)から始めた。今日は今まで身体も硬く、最初は頭で考えてしまって身体を動かすことが難しい方がいたが、シャラバ・アーサナはびっくりするほどしっかり足が上がっていた。ご自身でも、プルプル震えずに、心地よく姿勢が保てていることがわかっているようで、素晴らしいと思った。こうやって、自分の成長を日々実感することは、大人になるとなおさらなないことなので、良かったなと思った。逆流性食道炎で、うつぶせができない方がいて、見ていてつらいのだが、少しずつ良くなってほしい。
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12月12日
金曜日の夜のクラス、今日も一つ一つが途切れないように、最初から最後までをつながってヨーガをするように、そして瞑想がクライマックスになるように、これを意識してもらった。すごく集中力が続いている気がする。集中力が続くようになってくると、私の余計な誘導はあまりいらないな、と感じる。私がいる必要がなくなってくる感じは、すごく良い。
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12月11日
最近プラーナヤーマのやり方が気になることがある。間違っているとか、神経質に考えすぎているとかではなく、無意識だった動作が意識化された結果のような気がしている。今日はとある記事が目に飛び込んできた。サイケデリクス医療だ。いわゆるマジックマッシュルーム・LSD・MDMAなどのサイケデリクス薬をうつ病やひきこもり、PTSDの治療薬としての研究や合法化が進められているという記事だ。このような薬物は、セロトニン受容体に結合し、幻覚・時間感覚の変化・自我の境界の薄まりが生じ、デフォルトモードネットワーク(人がぼーっとしたり何も考えていない時間)の活動を弱める。この、幻覚作用だけを抜いた薬を作り、前後にセラピーを行うという医療らしい。深い瞑想状態ではデフォルトモードネットワークの活動を弱め、時間感覚がなくなり、境界の薄まりが生じる。瞑想は、自分自身を整えていくことで、長い時間をかけて自己を変容していき、コントロールの可能な瞑想を習得し、心を成長させていくものだ。既にうつ病の再発防止やトラウマの治療に効果があることが分かっている。ただ瞑想は修行としての側面にも意味がある。サイケデリクスなどの一時的でその場限りの体験にどれだけ効果があるのか疑わしいが、とにかく欧米では研究が進んでいるようだ。
シリコンバレーではマインドフルネスが流行し、今度はより手っ取り早いサイケデリクスが流行するのだろうか…。タイパコスパはどこまで行くのだろうか…。 -
12月10日
昨晩寝る前に気づきがあり、今日のクラスではそれを伝えた。
ただゆっくりと動かすだけではなく、シャヴァ・アーサナになるとき、次の動作に入るとき、すべてにゆっくりとしたしなやかな動きを意識すること。シャヴァ・アーサナそして、次の動作に入るときにも、急な刺激、激しい動きを身体に与えないこと。よくきくと、「洋服にしわが寄って苦しくなったりするのをバっと戻したい」「肩の力や胸の力が抜けていない気がしてバっと抜き、ちゃんとリラックスしたほうがいいと思っていた」とのことだった。それならば、その感覚を感覚としてとらえて何もしない、またはどうしても気になるならゆっくり動かすを意識するようにしてもらった。力もいきなりバッと抜かないで、アーサナの解除の流れで力を抜いていくようにしてもらった。レッスンのあと「なるほどと思った。最初から最後の瞑想までつながっていた。」と感想をくれた。ひとつひとつがとぎれとぎれではなく、つながっている、瞑想がクライマックス。次のクラスの方にもその話をしてみたら、「髪の毛が邪魔でばさっとしてしう」という話もあった。 -
12月9日
火曜の夜、鎮静クラスのレッスンを受けた。シャラバアーサナがとても気持ちよくなってきた。一番苦手なポーズが、気持ち良いポーズになる時は嬉しいものがある。思い返せば、一つ一つのポーズにその瞬間があった。アルダハラアーサナが全く辛くなくなったときも、こんなに気持ち良いものかと思った。最後の瞑想、快適に瞑想ができる時、自然と頬が緩んで、わずかに口角が上がり、微笑んでしまう。眉間が緩み、こめかみ、額が緩み、目尻が下がる。仏のような顔になっている気がする。姿勢もぐらつかず、力まず、肩の力が抜け、仏像のような背中をしているような気がする。今日も無事1日が終わったと思える。
