TRADITIONAL YOGA
RELAXATION MEDITATION AWARENESS

SUSONO YOGA CLASS

  • 4/5(日) 桜まつり


    4/5(日) 10:00~ 偕楽園で桜祭りが行われます。当日のワークショップとして誰でも参加自由のヨガレッスンを行います。 ご家族・ご友人などもお誘いあわせの上お越しください。

    場所:裾野学苑(偕楽園ではありません)
    時間:8:00〜9:30(10分前までにお越しください)
    料金:無料
    駐車場:あり
    ※雨天決行

    ヨガマットは持ってきても持ってこなくてもOKです。
    予約不要ですが、体調の相談、質問などは公式LINEまで。

    友だち追加

    ヨガで気持ちの良い一日をスタート、その後は偕楽園での桜まつりで、お花見とお買い物を楽しみましょう🌸 出店者の情報は主催者 喫茶瑪瑙さんとcafeノジノさんのinstagramをチェックしてみてください☆

  • 3月21日

    ヨーガの動画を作りながら、2016年 2017年のヨーガの日記引っ張り出してきて確認した。自分が当時何を思っていたか、何を考えてヨーガをしていたのか。日記を読み続けていると、インドにヨーガ合宿に行った時の日記が出てきて笑ってしまった。朝、目を開けた時の朝日とガンガーをみた時の感動。ガンガーでの川の流れる音を聞きながらの瞑想、ここにいることの奇跡…興奮している。今本当に思うことは、インドにいくという非日常よりも、ここに暮らす日常の中で、ヨーガを実践し、自分の生活に良いサイクルを生み出し、生きていくかどうかだということ。

  • 3月12日

    今日は一日、石巻にボランティアに行った時のことを思い出していた。家族が亡くなった、津波の中電柱につかまっていた人、流されている人を見ているしかなかった、という人。なにもかける言葉もない、振り絞った言葉ももしかしたら間違えた言葉をかけてしまったんじゃないか、という後悔。どうして私たちに話をしてくれたんだろう。仮設でみんなで営業を始めたというお店にご飯を食べに行った時も、笑顔で、おもてなしをされたような感じだった。あの時、今考えると軽い気持ちでボランティアに行ったことは、私の中でやっぱり後悔していることの一つだ。夜は、ヨーガ。ここ最近で、一番集中できた。「心が止まっている」という感じだった。

  • 3月11日

    あの日から15年が経ったなんて信じられない。あの日は会社で仕事をしていた。経験したこともないすごい揺れがあり、机の下にみんなで隠れた。大変なことが起こっていることだけは分かった。揺れがひどい。立っていられない、二階にいて、ここにいるほうが危ないと感じた数人で外に出た。ビルのロビーは天井が崩落していた。都庁前の公園はこのあたりで働くビジネスマンたちが避難してごった返していた。西新宿の高層ビルがグニャグニャと揺れて、そのたびにみんな叫んでいる。道路と電柱が波をうっていた。みな変な興奮状態になっている。天変地異とはこのことなのか?スマホも繋がらない。余震が少し収まったと思って、会社に戻った。宮城の方の地震だと速報が入り、仙台出身の女の子が泣き始めた。誰とも連絡がとれない。その後はもちろん仕事にならず、電車も動いていない。とにかく落ち着こうとする、終業時間になると会社に残って寝るという人もいた。新宿のビルの地下の居酒屋は、帰れない人たちで、混雑していた。私たちも会社の地下の空いているところに入って、時間を潰した。どうするか。もう、歩いて帰るしかないね?私たちはそれぞれの道を歩いた。私は高円寺まで歩いた。ヒールを履いていたことを悔やんだ。道は歩いて帰る人で大混雑だった。頑張ろう、って知らない人同士が励まし合っていた。途中のコンビニの店内は食料品が空っぽだった。途中で友人に会った。自転車でいまから彼女を迎えに行くと言っていた。お互い無事でと別れた。家では弟が必死に棚を支えたといっていた。それから数日なのか数か月なのか記憶がない。連日流れていた津波の映像しか頭の中に残っていない。私はどうするべきなのか、何をしたらいいのか全くわからなかった。会社では、今は普通どうり生活をするべきとか、経済を回しつづけることが私たちの仕事なのだとか言われて、本当にそうなのか、わからなかった。あの日の帰り道に彼女を迎えに行くと言っていた友人は、原発の放射線から逃げるため、この後すぐ彼女と北海道に移り住んだ。私はその時そのまま生活をするだけで精一杯だった。

  • 3月7日

    午前のレッスンのあとは、一日に動画作り。テキストとか、テキスト用の動画とか色々と作ってみたけれど、なんだかしっくりこなくて、自分の話しをしながらしていくのが一番なのかなと、ヨーガにであってから、今までに自分がどのように、変わっていったのか、どんなふうにヨーガを続けてきたのかを語る動画を作った。一日そればかりやっていた。明日は左官の準備。明後日は先週捨てモルを入れた床に黒モルタルで最後の仕上げ。考えることがたくさんあって忙しい。

  • 3月4日

    今日は生徒さんから嬉しい話を聞くことができた。昔ヨガをやっていた頃は身体のためにっていう感じだったけど、今やっているヨガは心のためになっている感じがするすごく良い時間だとのことだった。10年ほど前にヨガは経験があるとのことだった。ヨガの経験者であっても、プラーナヤーマを経験したことがない人は結構多い。瞑想も座ってしたことがない人もいる。ヨガセンターのポッドキャストでも言っていたけど、ヨーガの原理原則に伴って、アーサナと、プラーナヤーマと瞑想、そこにバンダやムドラーを入れてバランスよくヨーガをやってくれるところは少ないらしい。プラーナヤーマの効果は、脳と心に直接的に効いてくる。価値は人それぞれだけど、このヨーガを実践できていることは自信をもっていいのではないかと思った。

  • 3月1日

    月一回の瞑想クラス。春の心地よい陽気。朝から気持ちいい。今日は4人が来てくれた。終わったあとは様々な感想を聞くことができた。「考え事が最初はたくさん出てきても、徐々に思考がシンプルになってきた。悩みがなくなっていきそう」「考えがシンプルになりますよね」「怒りとかがコントロールできたら子どもに怒らなくてすみそう」「30分座ってすごくいい自信になった」「先月より、あっという間に30分が過ぎた。」今回もとても良い回になった。今日も気持ちが良い1日がはじまった。

  • 2月26日

    モヤっとする出来事。実体験のない情報ベースの話、しかもその情報がSNSの情報だと分かってしまうと残念な気持ちになる。私にとって大切な、身体で感じるもの、思想の表現、暮らしそのものだったりするものを、ステータスや投資のように扱うような話をされた時も、モヤモヤとする。そうゆうときは、自分の心が侵されたくないような、大事なものを守りたくなるような、結局誰とも分かり合えないような気持ちになる。身近な人の言う事だからモヤッとするだけで、みんな捉え方や深さが違うのは当たり前な話なのだから気にすることはないのだけど。とにかくなにかを判断したり実行するときは実体験にフォーカスしたい。いつからか実体験のないものには意味はないとすら思うようになった。モヤっとした気持ちを抱えたままヨーガをしたら、やはり今起きている実体験しかなかった。誰かの言葉に、惑わされることはない。ただ実体験を積み上げていくことだと改めて自分に戻ることができた。プラーナヤーマのあと、深い落ち着きと、力がみなぎっていた。

  • 2月19日

    今に意識を向け続け、身体の感覚に意識を向け続ける。75分間に全部の意識を身体に向ける。1日の約5%の時間を自分に全集中する。このたった5%、8時間寝ているとすれば起きてる時間の8%を、ヨーガに使う。短いのか、長いのか。心の手綱を引き続ける練習としては短いし、リフレッシュとしては長いのかもしれない。いづれにせよただ普通の日常を維持するのに、なくてはならない時間であることをつくづく実感する。

  • 2月18日

    水曜の夜のクラスは2月から2名増えて、5名となった。少し人数が増えると集中のムードが増していく気がする。始めたばかりの方も、ゆっくりとした丁寧な動きが身についてきていて良い感じ。レッスンをすると、自分の練習がいかにインストラクションに直結するか、自分の感じる身体感覚をどのように言葉一つ一つに込めるか考える。

  • 2月16日

    歴史の本を読んでいると、ヨーガはインドのもので、ヒンドゥーのものだ。インドの血も入っていない、仏教の国で生まれた私には、縁もゆかりも無いものだなぁと思う。私のヨーガの先生はお母様がインド人で、先代もヨーガの先生でヨーガを伝えていくことは運命であり使命であるのだろうと思う。私がヨーガクラスを行う意味とは。意味があるとすれば、自分のように心の性質によって生きづらさがあったり、自分と向き合うことを必要としている人に届くように、ということだろうか。

  • 2月15日

    母とLINEをしていた。大腸ポリープの手術後、父と一緒にノロウイルスにかかり体調の優れない様子だ。「私も先日インフルエンザB型にかかってしばらく寝込み食事もできなかったよ、流行っているみたいだから気をつけてね。」といったところ、「あんたも結構病気するね。子供の頃から言ってるけど、風呂上がりの髪直ぐ乾か!!靴下直ぐ履く!!風呂入ったら体冷やさないように直ぐ寝る!!心掛けて。私は風邪はひかないよ。」と返事が来た。「わかったよ、ありがとう」でいいじゃないか。夫曰くこれは論理が飛躍したまは論点をすりかえるヒス構文というそうだ。ヒス構文を提唱しているお笑い芸人のネタを見て大笑いした。その片鱗はしっかりと私に遺されていてたまに思いがけない方向からの飛躍した発言に夫はゲンナリするそうだ。小さい頃からヒステリックをまともに受けてきたから、自己否定や被害者意識が強く、素直に言葉を受け取れないというのがあるのかもしれない。いやこれも単に考えすぎであって、体調の優れない状態の時に、顔の見えないLINEでは、余計なことも言いたくなるもんだよねと、流せるようになれば良いのだ。どちらにせよ、これは自分の問題だなと思う。