父が釣った鮭やいくら、飯寿司、たくさんの保存食品を発砲スチロールに詰め込んで飛行機に乗る準備。帰りは何を読もうかと、思っていたら、父がこれが面白いから読めというので本を借りてきた。「モンゴル100の素顔」父が東京農業大学の先生にもらった旅行記なのだが、文章や写真がとても面白い。
なかでもなるほどと思ったのは、砂漠の思考、野菜栽培の気分になれぬというページだ。森林の国では大地に限りがある。一日あるいは一週間でも努力すれば、あの森のある場所まで耕し終えることができる。だからコツコツ頑張ろうという気持ちになるが、砂漠の国では果てしなく大地が続き地平線まで見通せてしまい、どこまで行っても地の果てに届きそうにない、耕し続けても耕し終わることはないとなれば、青空を眺めて達観するしかない。森林の国では努力の積み重ねによって夢も実現するという考え方ができるが、コペルニクス的大回転や宇宙を揺るがす大発明は砂漠の国でしか起こりえない、という話だった。
砂漠の思考と、森林の思考、これがのちに文化や宗教に大きな影響を与え、西洋的、東洋的な違いが生まれたとするのも、なんとなく納得してしまう。

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