TRADITIONAL YOGA
RELAXATION MEDITATION AWARENESS

SUSONO YOGA CLASS

月: 2024年2月

  • Perfect Days

    昨年末。公開と同時にWim Wenders監督 役所広司主演の映画Perfect Daysを見てきました。
    もう一回見に行こうかと思うほど感動してしまいしばらく余韻に浸っていたのですが、SNSで様々な感想で見ると、人によっては究極につまらないと感じる映画のようです。笑

    私はこの映画は、繰り返しの中の無常と平穏 を描いた素晴らしい映画だと感じました。

    ーーーーーーーーー

    東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、
    静かに淡々とした日々を生きていた。
    同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。
    その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、
    同じ日は1日としてなく、
    男は毎日を新しい日として生きていた。
    その生き方は美しくすらあった。男は木々を愛していた。
    木々がつくる木漏れ日に目を細めた。
    そんな男の日々に思いがけない出来事がおきる。
    それが男の過去を小さく揺らした。

    東京渋谷の公衆トイレの清掃員、
    平山は押上の古いアパートで一人暮らしている。
    その日々はきわめて規則正しく、
    同じことの繰り返しのなかに身を置いているように見えた。
    ルーティンは孤独を遠ざけるものかもしれない。
    けれど男のそれはどこか違ってみえた。
    夜が明ける前に近所の老女が掃除する竹ぼうきの音が響く。
    それが聞こえると男はすっと目をあける。
    少しのあいだ天井をみつめる。おもむろに起きあがると薄い布団を畳み、
    歯を磨き、髭を整え、清掃のユニフォームに身をつつむ。
    車のキーと小銭とガラケーを
    いつものようにポケットにしまい部屋をでる。

    ドアをあけて空をみる。
    スカイツリーをみているのか。光を見ているのかはわからない。
    缶コーヒーを買うと手作りの掃除道具をぎっしり積んだ
    青い軽にのって仕事へむかう。
    いつもの角でカセットテープを押し込む。
    カーステレオから流れてくるのは
    The Animals のThe House of Rising Sun。

    いくつもの風変わりなトイレを掃除してまわる。
    その日はひょっとすると声をひとつも出していないかもしれない。
    掃除を終えると夕方にはあのアパートに戻る。
    自転車に乗り換えて銭湯へゆき、
    いつもの地下の居酒屋でいつものメニューを頼み、
    そして寝落ちするまで本を読む。
    そしてまた竹ぼうきの音で目をさます。
    男の人生は木のようだった。
    いつも同じ場所にいて動かない。

    同僚のタカシのいい加減さをどうして憎めないのか。
    いつものホームレスの男が気になる。
    清掃のあいまに見つける木漏れ日が好きだ。
    フィルムを現像してくれるこの店はいつまであるだろうか。
    銭湯で出会う老人が愛おしい。
    古本屋の女性の的確な書評を聞くのも悪くない。
    日曜だけ通う居酒屋のママの呟きが気になる。
    今日はあいにくの雨だ。それでも予定は変えない。
    そんな彼の日々に思いがけない出来事が起きる。
    そしてそれは彼の今を小さく揺らした。

    ーーーーーーーーー

    主人公の平山がなぜこのような暮らしをしているのか、物語では語られることはありませんが、なにか訳アリで、自らこの質素な生活を選びとったのではないか。そんな風に感じました。

    毎日が同じルーティンの繰り返し。
    特別な娯楽を求めるでもなく
    あれが欲しいこれが欲しいと欲望を満たすでもなく
    日常の中での気付きがある。

    その生活は、同じように見えても同じことは一瞬たりともない。
    その生活には、良いも、悪いもない。判断も評価もしない。

    同じ世界のようでいて、世界は繋がっていない。
    見えている世界は人それぞれ違う。
    合わせる必要もなければ、押し付ける必要もない。

    朝起きてコーヒーを入れる。
    朝ごはんを作って食べる。
    雨の日もあれば晴れの日もある。
    畑に行って様子をみる。
    仕事に行く。
    家を直す。
    ヨーガの練習をする。
    好きな音楽を聴く。
    本を読む。
    晩ごはんをつくる。
    美味しいお酒を飲む。
    暖かい布団で寝る。

    私のPerfect Daysです。ほぼ、平穏です。
    いつもと違ったことをしたり、人が大勢いるところに行くととどっと疲れてしまうたちで、できる限りルーティンが心地よいと感じてしまいます。
    平山と自分の暮らしが重なり、そうそうこれが幸せなんだよなと思って見ていました。

    今を大切に、ルーティンを大切に、自分の世界を大切に生きていきたいと感じました。
    映画もぜひ見てみてください。

    ーーーーーーーーー
    同じことの繰り返しに見えるけれど、
    平山にはそうでなかった。
    すべてはその時にしかないことで、
    だから、すべては新しいことだった。

    ・・・

    すべてが遠い
    なにもかもがどこか遠い。
    どこか遠い。
    そしてこのぐらいが心地いい。

    ・・・
    何年も同じことを繰り返してきて
    無駄はどこかに消えてしまっていた。
    汚れたものをきれいにする。
    マイナスをゼロに戻す。
    清掃の仕事はどこか修行に似ている。
    黙々と繰り返していくなかで、
    自分のなかに浮かんだ声が消える。
    繰り返しのなかに身を置くと、
    こころは平穏になっていく。

  • ラーガ

    ミニマルミュージックの祖として知られる世界的音楽家テリー・ライリー氏のラーガ教室に通っています。テリー・ライリー氏が日本にいることだけでも驚きですが、ラーガ教室をはじめるとききとても驚きました。
    ラーガは、ヨーガと同じく口伝で遺されてきたインドの即興音楽。歴史も同じ頃から始まっています。なにか共通するものがあるのでではないか?と気になっていました。

    テリー・ライリー氏の歌に続いて歌うことでレッスンが行われます。
    saの音を認識することがファーストステップです。saの音は西洋音楽のドに当たる音。saはブラフマンを表す象徴の音。空間にその音を満たし、そこに共鳴してtuningを合わせていく。この練習をインドでは3年続けるそうです。

    はじめた頃は、テリーさんの音を聞いてついていくことに必死で大きな声で歌い上げてしまっていました。自宅で復習していたら「竹内まりやみたい…」「もとはマントラなのだから、お経みたいな雰囲気で歌いなよ」などと家族に言われていました…(笑)

    姿勢を意識してみたり、どこから声を出すか、いろんなことを頭で考えてしまいます。
    テリーさんの今発している音やバイブレーションを受け取ることでいっぱいいっぱいです。

    それでも、とても楽しく、気持ちよく、心が落ち着いていく感覚がありました。
    ヨーガのブラマリープラーナヤーマで身体に振動を響かせているときの集中力が高まる感覚に近いものがありました。歌いながら心地良さを感じていました。

    一度や二度ではわからないものだと思ったので、少し続けてみようと思いました。

    弟子であるサラさんからも様々なことを教えていただき、ラーガのことを少し知ることができました。

    ラーガは、音階を使って、特定の雰囲気を作っていきます。時間や季節のラーガがあります。夜、朝で見える色も身体で感じるものもムードも異なります。そのムードをラーガで歌うことでディティールをさらに自分で感じ取ってラーガから宇宙を感じ取るという相互の作用があるのだそうです。

    今この瞬間にフォーカスしていくのがラーガ。
    世界は音=振動でできているといいますが、自分の周りの様々なもののバイブレーションを感じ取り、その雰囲気を心に描き歌います。

    ヨーガにとても似ているなと思ったのですが、やはり精神修行(ナーダヨーガ)とも言われているそうです。ラーガはテクニックを披露したりエンターテイメントではなく、内に内に入っていくもの。
    ヨーガのヤマ・二ヤマと同じく、自分自身が調和的であるか、身体的、精神的なコンディションがとても重要です。

    何度か通っているうちに、少し歌い方がわかってきました。
    身体の緊張を抜いて、自分の心身に意識を向けて、身体を微細に振動させるように歌う。小さな声でもいいから、微細な振動を感じ取る。自分の内面がいかに落ち着いているかがとても大切でした。

    先日ヴィパッサナー瞑想コースで、観察者である自分の存在が極限まで小さくなっていきました。自他の分離がなくなり自分自身が自然と溶け合って一緒になっていくのと感じました。
    ブッダは2500年前、私達の身体、世の中に存在するものはすべて素粒子で構成されており固体ではないこと、常にに何千何万の素粒子が変化し続けていることに気づきました。
    「自然と自分は同じものだと自覚する=宇宙と自分は同じであると自覚する(梵我一如)」境目がなくなって行く時、まさにこれを垣間見たような気がしました。

    ラーガは、宇宙と呼応している心の中を描き出す。深い瞑想状態の中で、繊細なバイブレーションを受け取り共鳴していく。とても奥深い世界を経験させていただきました。貴重な機会をくださったテリーさんとサラさんに感謝しています。

  • ヨガとヨーガの違い

    ヨガとヨーガは何が違うんですか?という質問がありました。

    何か分かりやすい例がないだろうか…
    考えていたら、良い喩えをみつけました。

    ピザとピッツァ
    pizza🍕はアメリカのピザとイタリアのピッツァがあります。

    pizzaはイタリアで生まれたもの。本場ナポリの味を表現しているお店はピッツァを使うと思います。アメリカ仕込みだったらピザですね。
    どちらもトマトソースにチーズがのった美味しい食べ物ですが、すこーし味が違いますね。

    ヨガとヨーガはどうでしょう。
    ヨーガはインドで生まれたもの。インドの伝統的なやり方をしていればやはりヨーガを使うと思います。
    サンスクリット語の語源により近い言い方だからです。やり方も、ポーズだけでなく呼吸法、瞑想も重視されます。
    アメリカを経由したヨガは、フィットネスと体操の要素が強いものがあり、ポーズに特化したものも多いです。

    ただ正しい発音だからだけでなく、やっている方法も目的も異なります。
    その違いを表現するためにヨーガを使っています。

    ヨーガに詳しい方はこの違いをご存知かもしれません。でも多くの方はそんなこと知りません。インターネットで検索するときは「裾野 ヨガ」と検索しますよね。
    「裾野 ピッツァ」ではなかなか検索しないでしょう!
    そこで、せめてものホームページの本文ではヨガと書くことにしました。

    本当は少しこだわっている部分でもありますが、SEOも大事ですよね。
    少しでも多くの方にこのヨーガを知っていただけるよう、こだわりはそっとしまって…。

    クラスの名前はヨーガです。裾野学苑ヨーガクラスをよろしくお願いします。

  • 気づき力の変化

    今のスタイルのヨーガをはじめた頃の記録と3年目の記録を振り返ってみました。

    ヨーガ教室でレッスンを受けたらその後にどうだったか感想を書くものでした。

    まずは始めてまもない頃の感想です。

    まず真面目に通っていないことが気になりますが…笑

    気持ち良かった〜と思っていることは、良いことです。

    身体が硬いこと、ポーズを覚えてないこと、を主に気にしていたみたいです。

    全体的に書くことは特にない…そんな感じでした。

    続いて3年目の感想です。

    観察しているところが少し変化しているようです。

    呼吸や思考、心へフォーカスしている様子が見て取れました。

    考え過ぎている自分、意識が飛んでいる自分に気づいているようです。

    では14年経った今はというと。

    感じていること、観察していること、気づいていることは、3年目の頃とは全く異なっています。

    この進化は終わりがないのかもしれません。

    この先も、さらにどう変化していくのかが楽しみです。

    気づきの力を養成、地道に、気長に続けていきたいものです。

    このように記録をつけることはオススメしたいです。

  • 自分の内側に意識を向ける

    先日、初めてクラスに来てくださった方から質問良い質問をいただきました。

    「自分の内面に意識を向けるってどうゆうことですか?」

    当たり前の事になっていてすっかり忘れていたのですが、私もヨガをはじめて間もない頃は、内側ってどうゆうこと??と疑問に思っていた事を思い出しました。

    では自分の身体の外側と内側を感じてみましょう。

    まず外側を感じてみましょう。
    部屋の中。部屋の中にある物。空気。気温。湿度。匂い。本。スマホに流れる情報。テレビから流れる映像。
    もっと遠く、道路を車が走る音。風。太陽の光。雨の匂い。湿度。
    もっともっと遠くまで、たくさんのことを感じてみます。
    外側の世界では、常に、様々なことが起きていますね。

    次に内側を感じて見ましょう。
    胃腸の様子。今日食べた物。筋肉の動き。体温。汗。血液の流れ。呼吸の速さ。肺の動き。
    身体の痛み。刺激。振動。
    身体の内側でも常に、様々なことが起きていますね。

    普段、私達は外側の世界から敏感に情報を受け取って生きています。
    目、口、耳、鼻、触覚から情報を受け取って、自分を守り、判断し、考え、生きています。
    内側を感じる時間は、1日の中でどのぐらいかといえば、あまりないかもしれませんね。
    ほぼ、無意識です。

    裾野学苑は御殿場線の線路がすぐ横なので、ヨーガの時間に何度か電車が通ります。
    実は慣れてきた人はもう電車の音はほとんど聞こえていません。

    身体で起きていることを感じ取ってそのことに集中しているので、外の音は聞こえていません。
    外側に向いていた意識が、ほぼ内側に向いている状態です。
    五感が閉じている状態で、これをヨーガ的にはプラッティヤハーラと言います。

    この感覚が、練習を深めて身体に染み込むとどうなるでしょうか?
    意識が今どこに向いているか、気付けるようになったら?
    意識のうち、8割が外に向いても2割が内側を向くようにになったら?
    自分の身体や心が発している情報にもっと敏感に気づいてあげられるようになったら?

    スマホを見ていて気づいたら時間が過ぎていた!
    テレビを見ていて気づいたらあっという間に寝る時間だった!
    ということが減るかもしれません。

    ちょっと疲れてるみたいだから今日は家でゆっくりしよう!
    考えごとはやめてすぐ寝よう!
    と、早め早めの対処ができるかもしれません。

    動き回る心、感情に振り回されることなく、一呼吸置いて、客観的に自分をみたり、広い視野をもてるかもしれません。

    今に意識を向けることができる練習。それがヨーガの練習です。

  • ヨーガは自分だけでなく周りにとっても良いもの

    「ヨーガをしている1時間より残りの23時間をどう生きるかが重要ですよ^^」

    私が長年ヨーガを教わってきた先生に言われたことです。

    1秒、1分、1時間、24時間、1日 それが続けば「人生」になります。

    つまり、「人生をどう生きるかが大事」と、とても大きなテーマをさらっといただいたわけです。

    その時の私は、ヨーガのヤマ・二ヤマのことだろうと思いました。

    ヤマ・ニヤマはヨーガの練習法(アシュタンガ・ヨーガ)のことで、

    ひとことで言えば、基本的な生活習慣の練習です。

    この練習はヨーガを実践するものには欠かせないものと言われています。

    具体的には、

    ・人を傷つけたり悪口を言わない
    ・嘘はつかない
    ・人の物や時間を奪わない
    ・禁欲
    ・貪らない抱えすぎない
    ・整理整頓をして清潔にする
    ・今あるものに満足する
    ・実践を続ける
    ・自分自身を知る努力
    ・自然の法則に任せる

    これらができなければ、落ち着いた心などない。
    これらをやってはじめて落ち着いた身体、呼吸、心の状態にもっていくことができて、瞑想していくことができる。

    だから、日々の生活を整えることが大切だし、他者との関わり方や身の置き場所を整えなければならない。そうゆう意味と受け取っていました。

    それは間違いないのですが、ヨーガを続けていると、それだけではないと思うようになりました。

    「ヨーガをしている1時間より残りの23時間をどう生きるか」
    このテーマを新たな意味でも捉えるようになりました。

    ヨーガで心身の安定を保つ方法を身につけたら、その安定した心身をもってどう新しいチャレンジをして残りの23時間を生きていくか。という意味です。

    ヨーガは一人でやるけれど、独りよがりのものではないと思います。

    自分自身の心身が安定していることで、結果として周囲との争いや、人生の苦悩から解放されます。

    自分と他者・社会・自然・世界との関係性において調和が生まれる。

    弱い自分が強い自分になったら、また新たなことに向かうための力が湧いてくる。

    その時、自分になにができるか?ということなのだと。

    自分自身の調和を手に入れたら、今度は周囲と自分との関係性が変化してくるのだと思います。

    「自分だけが幸せになるとこはあまり幸せではないなぁ」

    「人の幸せを素直に喜べるようになった」

    「できる限り摩擦を生まずに人と関わりたい」

    「懐を深く大きくいたい」

    他者とのつながりの中でそんな余裕が生まれて来たら良いですよね。

    「自分だけではなく社会をもっと良くしていきたい」

    「環境のためにできることをしたい」

    「誰かのためになにかをしたい」

    そうゆう気持ちも大事ですよね。

    ヨーガは自分だけのものではなく、周りにとって良い影響があるものなのだと思います。

    自分が変わったら、周りも少し変わるかもしれない。

    周りの人や、環境をすぐに変えることが難しくても、自分から変わることができる。

    そうゆう意味でヨーガは自分だけでなく、周りにとっても良いものだと思っています。